演奏を作るのは誰なのか?《オーケストラと指揮者》【カラヤン・メニューイン】

音楽の思い出・記録

 カラヤンとウィーン交響楽団、そして、メニューインによる、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲のリハーサルの様子。YouTubeで見つけたので紹介しておきます。会話は英語、字幕はありません。

 リハーサルはW.A.モーツァルト作曲のヴァイオリン協奏曲第5番、第2楽章。この冒頭で、カラヤンがメニューインに模範の提示を求めます。また、アップされている動画の終わり近くになってようやくメニューインが演奏するかなと思いきや演奏しません。しかし、カラヤンとの対話が興味深いのです。

指揮者とオーケストラ

 オーケストラとカラヤンとの対話を、終始見守って沈黙を守っているかのようなメニューインですが、たまらず言葉を発します。「重要な箇所ではあるが、指示されて間もなく演奏させられるのは、勘弁願いたい」といった具合かな。

 カラヤンも「音楽家に強制させることはできないね」とか「ただ、各自が表現することをやってほしい」というようなことを表明してます。オーケストラは1つの統一体であると言えますが、しかし、複数の個人が構成する有機体でもあります。一人の伴奏者に注文を付けるのとはワケが違います。ひとつの事柄に対して、有機体としての意思が形成されるためには、ある一定以上の時間がかかるといっていいでしょう。

 例えるなら、小柄な犬を散歩に連れまわすのか、巨大な大型犬を散歩になんとか引っ張り出すのかというくらいの違いがあるのではないでしょうか。

 指揮者が命令するのでもない。オーケストラのメンバー各自が思い思いに演奏するのでもない。指揮者とオーケストラのメンバーとの間に共感が呼び起こされてはじめて、音楽が生きたものとして聞く人を揺り動かすのでしょうね。

タイトルとURLをコピーしました